NFTは中心のある世界から中心のない世界への切符になるのではないだろうか

ノート もの・こと

NFTのアートが加熱気味で、詐欺のようなものがでてきたりしてます。
それにともなって、NFTアートを批判する声が一部で高まってきているようですね。

ツイッターを見ていると、NFTアートを投機や投資の方向から見てる人が多いような気がします。

でも、NFTという技術によって、価値を産み出した人が正しく対価を得られる仕組みがようやくあらわれたことを考えてみてください。
今の熱狂は、創作の世界にいる人たちとそれを支える人たちが、世界の転換点をみて盛り上がっているのが一つの理由ではないかと感じています。

NFTアートの世界は、まだまだ問題はいろいろあるけれど、創作する側から見るとすごい未来が広がっているように見えるので、そのあたりの話をしてみようかなと思います。

この投稿ではNFTアートは創作物という意味で話をしていきます。
アートというと絵画を思い浮かべる方が多いと思いますが、音楽や文学など人の手によって作られるもの全般が対象になると思って読んでいただけるとありがたいです。

NFTアートって何?という方は、ぜひピクリプトさんの記事を参考にしてみてください。
自分で書き始めてたのですが、この記事がとてもわかりやすかったので自分で書くのをやめました(笑

クリエイターのためのNFT講座① – NFTってなに?|ピプリクト(piprycto)-ブロックチェーンゲームの最新情報&攻略サイト
あわせて読みたいクリエイターのためのNFT講座② - NFTを作って売ってみよう! ... This articlersqu

創作で生きていくには中心のある世界にいなくてはならない

古くから創作の世界は中心のある世界です。
なぜかというと、霞を食べて生きていくわけにはいかないからです。

昔の画家は貴族などのおかかえ絵師でした。
どんなにひどい姿の雇い主でも雇い主の意を汲んで立派に描けるのが画家でした。
真実を書いてしまう画家は画家として認められないという時代がありました。

また、表舞台に出たいミュージシャンは音楽事務所に所属する必要があります。
反体制の歌を歌ったことで、テレビの画面から消えていったアーティストを何人も知っています。

あの人気の女優は、事務所を独立したことで、表現の場を奪われました。

自由に表現をしたくても、中心の意向にそわなければ、表現自体ができなくなるということを私たちはたくさん見てきました。

でも、創作する人にも生活があります。生きて産み出すためには生活を保障してくれる円の中で創作することを選ぶしかありません。

でも、それはその中心の意向を汲むということを了承しなければならない世界でもあるのです

産み出した人が報われない世界

先日ある漫画家の人がツイートをしていました。

血を吐きながら産み出した漫画が、違法サイトで配られていると。
創作した人ではなく、それを広めている人が利益を得るということが、デジタル時代になって多く見られるようになりました。

複製が簡単に拡散できるデジタルならではの現象です。

デジタルで作品を創ることができる時代になったことで、中心のある世界から飛び出すことができた人も見られます。でも、創る人が報われる世界とはまだ言えないようです。

先日、アプリの中抜き問題が話題となりました。
アプリを作った人よりも作っていないひとたちが、多くの利益を得ていると明らかになりましたが、世界をよくみると、何かを産み出した人と、それが欲しい人の間に、たくさんの人が介在しているという世界になっていることがわかります。

時間や自分の身を削って創り出したものを利用して、産み出した人よりも大きく利益を得ることができる世界というのは、何かおかしな感じがします。

商取引の常識が変わっていく

NFTアート(創作物)の取引は、デジタルの取引だけでなく、商取引の常識を変えていくのではないかと思っています。

何度も繰り返しますが、創る人は、自分の時間や精神をすり減らして 無から有を作っています。
でも、世界には、それを右から左に動かして利益を上げる商売や、作られたものを見つけて、広めるという仕事があります。

そういう仕事がだめだとは言いません。
仲介の仕事や卸の仕事などは作った人ができない部分を担ってくれるという意味で大切な仕事です。

でも創る人は、それを産み出すまでに、勉強もして練習もして、何度もやりなおして創り出しているのです。
だから、やはり作った人への対価の支払いは一度きりで、間にいる人たちが、なんども利益を受けるのは、なにかがおかしい様な気がします。

NFTの取引で、転売がされるたびに、作った人に報酬が配分されていくというのは画期的なことで、これは商取引の常識が変わっていくきっかけになるのではないかと思います。

現物とデジタルが溶けていく未来

NFTはデジタルのものの唯一性を証明する技術として注目を集めていますが、私は、現物の価値を証明するものとして機能する方にも有用性があるように感じています。

先日、奈良美智さんが下記のようツイートをしていました。

アーティストの作品がセカンダリーマーケットではなく、メルカリなどで販売されてしまうと、アーティストの評価が下がってしまうので、有名な作家の作品ほどメルカリなどで買えるはずがないのですが、贋作が販売されるというのがあとを立ちません。

将来NFTは、現物の価値を証明し、価値のやりとりや管理を簡単にするものとして機能していくのではないかと思っています。

現在でも、アートをオンラインで管理するサービスや、美術品の信託サービスなどがありますがこういう仕組みもNFTに馴染みが良いように感じるのです。

また未来には、デジタルのコピーはだれでも無料で手に入れられるけれど、NFTを購入した人はサイン入りの現物を持つことができるとか、そういう使い方もされていくのではないかと思います。

私の世代だと、好きなアーティストのCDを聴く用と飾っておく用の2枚買うというようなことが普通にあったのですが、デジタルは消費する用、NFTで手にはいる現物はコレクション用みたいなことが起こってくるのではないでしょうか。

現に、HashmaskではNFTを持つ人だけが、現物を印刷したりグッズを発売したりできるようですね。

創る人に優しい世界に

芸術の価値は、だれもまだ考えたことのないような価値を生み出したり提案したりすることです。
でも、安定しない生活の中で、自分を見つめ、価値を産み出していくのは本当に難しいことです。

NFTアートを収集しているLevさんが下記のようにツイートしていました。

今の熱狂は、新しい価値を生み出す人を支える技術としてNFTが登場したこと。それがいろいろな角度から実験されているところからきているのではないでしょうか。

NFTアートの世界はまだまだ未熟な世界だから、詐欺のようなものが現れたり、大きくお金を失う人も出てくるかもしれません。

でも、仮想通貨を追ってきた人たちにとっては、見たことのある世界ですよね?

NFTは創作する人にとっての希望だと思うし、このような大きく社会の仕組みをかえるかもしれない技術はいろいろ失敗を繰り返して洗練されていくのではないかと思います。Bitcoinみたいに。

最後に

この投稿は、NFTアートを買う基準を考えようとして、現代美術に関する本を読む中で考えてきたことをまとめたものです。

でも実は、本の中には、嫌いな出版社から出版されている本があって、買うかどうか迷いながら仕方なく買ったものがありました。

その時に、本も著者と編集者から直接買えるようになればいいのにと強く思ったのです。

NFTを活用した取引が、創る人と欲しい人を直接繋げ、創る人を支える仕組みに発展していく未来が早くこないかなと思います。

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